死は永遠の魂の大きな区切りの一つであるだけ~その瞬間に何を選択するか、に意識を集中させることが、精いっぱい生きること~

こんにちは

星よみを使ってあなた色の人生を送るお手伝いをします。

なないろLIFE主宰 Life Producer みつよです。

すっかり秋めいてきましたね。

今年の夏は、本当に短かった・・・。

体調、崩されていませんか?

庭の金木犀が香りを放っていたり稲刈りが始まっていたり。

長野の秋も着々と進んでいます。

これは 庭の金木犀ではないですけど・・・。静岡県 三島大社の金木犀。

先日、御年78歳のおばあちゃまに出逢いました。

12月で79歳になるのだそうで

「来年には80歳よ」

とおっしゃっていました。

わたしの義母は、あと数日で80歳。先日一足早いお誕生日会を行いました。

実家の母も1月で80歳。(偶然にも二人はおない年)

みんな元気でなによりだわ!

お顔のしわもホント少なくて、色つや良くて、お肌つるんつるん!!

うらやましい!!

でもね・・・。

出逢ったおばあちゃん。

1月にご主人を亡くされて、一人暮らしになったそうで・・・。

まだ、悲しみと苦しみと恐れの中でした。

「バイバ~イって、逝っちゃったんだ」

「みんな誰しも逝く道なんだけどさ。逝きたくないよ~」

そう言って一瞬うつむいて、

すぐに顔を上げてパッと明るい表情になって、

「でも、今は、みんなと会えてうれいしい~」

そんなことを何度も繰り返えしていました。

わたしには、同情・・・の気持ちは浮かんではきませんでした・・・。

「一人になってしまって、寂しいんだな」

「身近な人の死を目の当たりにして、次は自分か?って怖いんだよな」

「でも前向きに、今、出逢ったばかりのわたしたちとのおしゃべりを楽しもうとしているのね。寂しさがまぎれるのかな」

と・・・。

身近な大切な人を亡くし、悲しかったり寂しかったり、次は自分かと不安になったり怖かったり・・・。その想いは、当然だと思いました。

そうだよね と。

そして、

「78歳までご主人と一緒にいることができたんだね。うらやましいな」

とも。

(これは完全にジャッジメント。78歳まで一緒にいられたんだからいいじゃんって。まだまだジャッジしちゃう自分がいるな~)

実家の母は、母が43歳の時に夫(私の父)を亡くしています。

わたしは12歳でした。

母は「泣く暇もなかった。あんたたちを育てるのに必死だった」と、

よく言います。

悲しくても苦しくても辛くても、その想いに留まることすらできなかった母。

祖父母を看取り、今は、気楽におしゃれと畑仕事を楽しんで生きています。

終活だと言って、自分が買った服を「これあげる」と譲ってくれます。

「もう何もいらない。あっちには何も持っていけないからね~。でも、服、買っちゃうんだな~」って。

義母は、69歳で夫(わたしの義父)を亡くしています。

寒い日で。

家の駐車場のアスファルトは凍ってツルツルでした。

足が悪い義母をかばおうと差し出したわたしの手を払いのけて、

義母は泣いていました。

葬儀の間は、涙を一滴も流さなかった義母です。

でも、霊柩車の中では一人泣き崩れていたと、主人が後で言っていました。

「あんなに苦労をかけられたのに、死なれてしまうということは、こんなにも悲しいものなんだ」と、思いました。

先日、「苦労したこととか、辛かったことは忘れて、こっちへ置いてくよ。楽しかったことだけ心に残してあっちへ逝きたい」と言っていました。

今は、悪い足をおしてでも畑へ行って、たくさん野菜を作っています。

人にあげたくて、人のお世話をしたくて仕方がないようです。

人が喜んでくれることが生きがいのようで、楽しんでいるな~と思います。

主人と見立てて誕生日のプレゼントにした洋服を喜んでくれて、早速着て、

「中に何を着ればいいのかしらね~?」

と見せに来てくれました。

お茶目だ(笑) 

と思わず微笑んでしまいました。

「長生きしていてよかったわ~」

と言ってくれた言葉が何よりうれしく感じました。

80歳間際の3人のおばあちゃんたち。

愛する人と早く別れたから不幸とか

長生きできたから幸せとか

体が不自由だから不幸とか

大きなおうちに住んでいるから幸せとか

傍から見たら何とでも言えるけれど、

幸せかどうかを決めるのは、やっぱり本人しかいないんだと 思わされたできごとでした。

その瞬間、悲しみや辛さを選んだとしても、

また違う瞬間には、喜びや幸せを選ぶこともできるのです。

その日一日、その時その一瞬にどんな想いを選択するのか、

どう生きるのか、

それが、幸せか不幸かを決めていくのだと思います。

それが、精いっぱい生きるということなのだと思います。

どの選択も正解。自分の人生に責任をもち、人のせいにしない生き方なのだと思います。

そして、このあとの人生がものすごく長いとは言えない年齢の3人。

死んで逝く者。残されて生きていく者。

死という一つの区切りの前に

残していく愛する人々へ何を残していくのか。

何を見せていくのか。

死という一つの区切りの前に

愛する人から何を受け取るのか。

何を受け継いでいくのか。

死とは、決して怖いものでも嫌なものでもないのです。

永遠の魂の大きな区切りの一つであるだけです。

区切りがいつ訪れるのかがわからないからこそ、

その瞬間を精いっぱい生きることを忘れがちです。

その瞬間に何を選択するか、に意識を集中させて、

今を精いっぱい生きていきたいと思ったのでした。

そして、出逢ったおばあちゃんも、おばあちゃんが選択する人生を歩んでいくのです。

おばあちゃんが選んだ色の人生を!!

Enjoyしてね!!

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